ここじゃない何処かへ行ったって

本、映画、音楽、愛、20歳

愛をささやく美男子が残したほころび

 □さんと会った後、かなり詳細に私の個人情報が書かれた彼のエッセイを読んだ。

内容は、私と会う前から私の遠慮ない物言いに衝撃を受けて私のことを知りたいという欲望を持ったこと、そのため会ったとき衝動で告白してしまったが時間が経った今もその気持ちはあること、が熱っぽく語られていた。

 □さんは細身で身長が高く、軟派な雰囲気を持った一般的に見るイケメンだ。その視覚的記号に釣られてネットから出会った彼は、こちらが恋人でない関係を許諾しているのにもかかわらず初対面の私に告白をした。

 私はかなり動揺し、イケメンに告白された!と胸のなかできゃーきゃーしていた。反面、このひと地雷?という猜疑心から返事せず流してしまった。

 


 そんななかで読んだ彼のエッセイ。

 私を好きになった理由としてこんなふうに挙げていた。

 


「21歳という若さ。読書好き。物書き。落ち着き。会話の間。達観した考え方。返信の遅さ。性に対する奔放さ。」

 

 「21歳という若さ」を私に惹かれた魅力として挙げているところがひどく、ひどく厭だった。しかも最初に。

 男性全体のロリコン思想が、この男性にも普遍的に搭載されているということ。それを私の良さとして上げ連ねていることにがっかりした。軽い吐き気すら覚える。

 それに性に奔放な女を彼女にしたい男なんてこの世に1人もいやしない。いるとしたら風俗嬢にガチ恋する痛客くらいなものだろう。どこから読んでも、絞り上げているようにしか思えない。この部分だけでなく、私のことを語るすべての文章においてそういう印象を持った。

 まさに語るに落ちている。

 

 彼はベッドでささやくように「彼女いない歴=年齢」なのだと言っていた。

 彼が書いた他のエッセイを漁ると、まともに付き合うこともなく数々の女性を落としてきた、と豪語していた。30手前にもなって。


 あの男の人と会った目的は「&くん以外の男の人に沼ること」なのに、私の本能はあの男の人に関わってはいけないと警告している。

 □さんは段階を踏んで告白すべきだった。その頃には惚れっぽい私は恐らく彼にベタ惚れで、大喜びで騙されただろう。彼が私に恋をするという妙な図式が出来上がってしまったことで何もかもが狂ってしまった。心を開く機会が残念ながら失われてしまったのだ。

 


でも、今回の男性に沼って&くんを忘れられるならそれでいいのかもしれない。どうかな。

 

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SNSはスリラーホラーの舞台だと思った出来事、粘着質な男

私とI先輩とのあいだには奇怪な因縁がある。

I先輩はサークルの先輩で、剽軽で部内では時たまいじられる、いい意味で尊敬されてない人。親しくなろうとすると拒否するように距離を取ってきて彼と一緒にいると心が荒むけれど、よく話してくれるので好きな先輩だった。

 その春、読書垢なるものをTwitterではじめた。私はI先輩に何気なくそのことを告げた。ふうんという反応だった。その日の夜、私のTwitterにひとつのDMが送られてきた。「かる@読書」と名乗る彼のアイコンは金原ひとみ『軽薄』の装丁に使われたイラストだった。

 話してみればやはり同じ金原ひとみ好きで、同じ地域の大学の私と同種サークルに所属する大学生だという。私のブログの文章も読んでくれるし、驚くほど趣味が合う。私は喜んで話をした。DMのやりとりはとてもスムーズで、金原ひとみを語り合える喜びに浸っていた。しかしこんな人間が本当にいるのか疑問でもあった。

 やりとりを続けていると、彼の発したツイートがふと気にかかった。

 

「町屋良平、友人が推していたのも頷ける良さだった。彼は町屋良平を全部集め終えていると言っていたので、後2冊くらいは読もうかな。」

 

 町屋良平はI先輩が信仰している作家だ。同地域というロケーション、近い環境下。「かる@読書」が言っている「友人」とはI先輩のことかもしれないと思い至りたずねる。即座に返信がきた。

「その特徴は完全にビンゴです笑」

 話題はI先輩のことになった。延々と。

 

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 彼の犯したミスはここにあった。I先輩は他人になりすましたアカウントで私に接触したはいいが、自分の話になると饒舌すぎた。

 私に対し先輩の性質や恋愛のことについて生き生きと語る「かる@読書」。I先輩のことをどう思っているかさりげなく聞き出そうとしている。ここではじめて偽者だと疑った。

 

 デッサンができるというのに作品は見せない、本棚を見せない、ピアノの知識はおぼつかない。最終的にブログのアクセスログを見てI先輩であることが確定した。

問い詰めると彼は「友達といたずらでやった」と言い逃れしようとし、「君が不思議な子だから何考えてるのか気になった」と私に責任転嫁までした。思えば彼は人の噂話が大好きな人だった。

 

 私は猜疑心というものを知った。

 私の精神世界に無遠慮で入り込んで覗き見られていた。さっぱりしている人だと思っていた人が、好奇心からこんなことまでやって愉しみとしていた。I先輩とは今でも付き合いがある。でも彼のことを思うと、一年以上前のことがどうしても頭に過ぎる。

 

 関係ってまわりまわるものだと昔から思っている。人に見せられる一面は自分がある場所で見せる姿の鏡だ。捨てたり、捨てられたり、粘着したり粘着されたり。それを叶える夢の場所がSNSだと思う。ああ正気の沙汰じゃない。

吉村萬壱『ハリガネムシ』運命の赤い糸、でもないくせに

 吉村萬壱を人に薦められて読んだ。推されたのはうさぎのなんちゃらという本だったが、学校図書館の貧窮さからまずは『ハリガネムシ』を手に取ることになった。

 日記のように平たいテンションで文章が綴られる。

 風俗で出会ったサチコの、歯が欠けた間抜けで薄汚れた顔と肉感的なからだ。主人公の慎一が女性というものを基本的に侮蔑していることや、サチコへの憎らしさ、嗜虐心、馴れ合いといった慎一の精神世界。この小説世界のすみずみが立ち上がっている作品だと感じた。それは汚れたものや痛々しいものをゆるぎなくデッサンすることで浮き上がっているものだと思う。

 サチコは「〜だず」とか「〜にゃ」とか妙な言葉遣いで慎一に接する。序盤の方はサチコの口調が受け入れがたく思えた。慎一の弟は彼女のことを「おっさん」と言う。サチコは人間的に美しくない。泥臭くみずみずしさなどかけらもない。彼女と行動をともにする慎一はサディズムを発露させて、サチコに暴力を振るったり傷口を針で縫いサチコを痛めつける。サチコを捨ててやろうかと思えばサチコに捨てられたのではないかと不安になる。サチコと慎一が会うのはこれっきりになるというタイミングは物語の処処にあったけれど、ふたりはそうしなかった。つまりはふたりは共依存の関係にあるのか。そう思ったが、この小説の題名がひとつの読み方を提示してくれていた。慎一はソープで捕食したはずの相手である、ぬらぬら光るヘアーワーム女に操作されているらしい。小説と題名の関係がこのように美しく整った作品は初めて見たかも。運命で結ばれたわけでもなんでもない、ソープの客と嬢という放っておけば風化するような関係だからこそ、慎一は軽々しく堕ちてしまったのかもしれない。

 ニッチかもしれないけれど作品のなかでいちばんにリアリティを感じたのは、慎一の乱暴な運転によって前歯の欠けたサチコが「ほれ」と笑って顔をあげた場面。普通は前歯が欠ければ、甚大な痛みのなか人は混乱するしときにはヒステリーを起こすだろう。サチコは笑っている。その異常性がかえって現実味を生み出していた。

 この小説を読んだ後芥川賞受賞時の選評を読んだ。暴力が主眼に論戦がなされていたらしい。正直作品内に散在する肝腎のスプラッタシーンはおそろしくて読めなかったのでその描写がどうとかは語れないし(すみません……)、私がよく読んだのは慎一とサチコの関係性だった。こんなカップルが世界には星の数ほど乱立しているのだろう。世の奇妙を垣間見たような読後感だった。次こそはうさぎのなんちゃらを読もっ。

 

ハリガネムシ

ハリガネムシ

 

 

「生きて」と軽々しく言えない

▲さんと知り合って1年半が経とうとしている。▲さんは30手前の神奈川に住む青年。TwitterのDMで急に岡上淑子の画集を薦めてきて、そこから仲良くなった。

 

1年半前、尊敬する日記作家兼塾講師であるところのFさんと▲さんは読書家の集まるSkypeグループを作った。元はと言えば夢野久作を研究している大学生のIさんと私、計4人で通話をしようとなったのがグループの発端だった。▲さんのネット人脈の広さから生まれた縁だった。

グループはもう残っていない。初対面同士の読書好きが集う通話には人見知りを遺憾なく発揮してあまり参加していなかった。その当時の私から見れば取り扱う読書の話題が高尚に思えてたのもある。徐々に人が減り、みんな飽きてしまった。それを悲しんでいる人もいない気がする。

▲さんやFさんとは去年関東で会い、展覧会を見たり東京の中の田舎に行ったり、素敵な思い出をもらった。Eさんという可憐な女性と▲さんと私で会ってお喋りしたこともある。

でも、▲さんはもうそんな夏は来ないという。来年には自分は生き絶えていると、そう言う。

幼少期からの家庭環境の悪さに加え、親族が身内を殺意を持って攻撃した衝撃的な事件に彼は苦しんでいるという。

東京で会った時も思った。現実世界の中で彼だけ3Hの鉛筆で描写されたように雰囲気が脆く思えて、後ろ姿を見ていると心配になる。

▲さんとSkype通話するとき彼は喋りっぱなしでやまないことを知らないように思えるけれど、ふとしたときの溜息混じりの「つらい」という言葉から、彼の抱える重圧を感じて息苦しくなる。

 

私は▲さんに自殺してもらいたくない。▲さんも本来なら生き続けたいと思っているはず。類稀なる文才と軽薄な冗談スキル、明らかにエキセントリックなオーラを持ち合わせた魅力を持つ人、失うのは惜しい。でも彼の救いになるのなら「死ぬな」と現世に引き留めることはできない。

たくさんの本を読んできた▲さんから見れば、私の書く言葉なんて戯言に過ぎないんだろうけど。

▲さんと見た山下公園からの夜景、彼も「夢みたいだった」と回顧していた、あの幻のような夜のことを私は忘れない。

 

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今1番いらない機能、生理

20年生きてきていまさらかいな、って感じだけど。自分がPMSを持っていることに気づいた。

PMS……月経前症候群というらしい。憂鬱になったり怒りっぽくなったり、胸が張ったりする。私は生理前になるとモロにこういう人間になる。胸がちょっとでかくなり、メンヘラ化する。

かんじんの生理痛はそんなに感じないけれど、男の人と性行為をしたくないときは「おなかいたい」の一点張りをする。

ある人がそれを聞いて、私のお腹にそっと手を当て、「ああ、あの月のもの……?」と私にたずねた。月のものという表現の仕方とその甘ったるい言い方に、えもいわれぬおぞけを感じた。のちにその人は生理鎮痛剤のCMに出ている女の子に興奮するのだと話していて、あのとき感じた気持ち悪さに合点がいった。

異性が感じている身体機能の不便さすら性的嗜好物に変えて興奮する男がいるという事実。呆れというか失意というか。とりあえず生理機能のスイッチが両乳房にそなわっていて、ワイヤレスイヤホンみたいに同時に両方を何秒間か押したらオフになるみたいな機能あればいいのに。と、ふんわり思っている。

岡田和人「いびつ」奇形でピュアな愛の形

いろんな意味で人に勧めたくない漫画の話。

筆舌に尽くしがたすぎる、岡田和人の「いびつ」という傑作漫画のことについて。

あらすじ

アダルトショップ『ファンシー』に勤務する柿口啓吾は、電車で女子高生・森高円に痴漢と疑われて、彼女に弱みを握られてしまう。そんな円が、何故か半ば強引に啓吾の自宅に転がり込み、2人の“いびつ”な同居生活が始まった。
いびつ - Wikipedia

 

柿口さん、マドカ、ラブドール。主な登場人物はこの3人。

主人公の柿口さんは小学生のような体躯を持ち、臆病で身寄りのない独居青年。柿口さんの家に転がり込んだマドカはオリジナルのラブドールを作ろうとしていることを知り、脅迫して家に住まわせるよう柿口さんに言う。こうしてマドカと柿口さんの秘密めいた関係がはじまる。

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「いびつ」の魅力、体のリアリティ

すごく好みの絵柄だというわけではないけれど、思わず何回も読み返して見惚れてしまうのはきっと、体温を感じるような美しい描写のためだ。

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控えめながら形の整った乳房、すらりとした手足、なめらかそうな手……マドカの描写に限らず柿口さんの小さな体躯や性器から垂れ流される体液の書き込みにしても、マドカと柿口さんが取る身体距離の間合いにしても驚くほど肉感的で、私がマドカや柿口さんの肌を触っているかのように感触が伝わってくる。

一口に言えば「エロマンガ」としても、いびつは十分に魅力的な作品だ。

 

主人公がかかえる屈託

 柿口さんは母親が愛人とともに家を出たことに起因するマザーコンプレックスを有している。家族親類とは離別と死別によって離れてしまい、身寄りはない。

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体温が苦手なことをマドカに指摘されると、柿口さんはマドカに独白する。

小学校の頃……なんでか

……突然 それまで記憶なんて全くなかった母親との

……ある日常の日の事を思い出したことがあったんだ

 

すっげえ小っちゃい頃に

ソファーに座る母上の膝のウエで

……オレがゴロゴロしててさ

 

幸せ…だったんだな

きっと幸せすぎて……

ゴロゴロしながら……

もし自分が生まれてこなかったら……

今の自分は どこにいるんだろう……って

バカだから このソファの中かも……とか

母親の後ろかも……とか

そんなん思い出したら……

ウェ てなった

……

♭.29 糸「いびつ 4」

 柿口さんのマザーコンプレックスは、母親と密着していたときの幸福感と連鎖して体温への強い嫌悪感を生み出している。

だからこそマドカと出会う前から、硬質で温度のない自作のダッチワイフで女性への欲望を満たそうとしたんだと思う。

この柿口さんのもろさと屈託が「いびつ」をただのセクシー漫画でない芸術作品に昇華させているのだと強く感じる。

 

汚され、壊される美少女

この作品では、「汚す」「修復する」「壊す」という行為がキーポイント。

柿口さんは主に精液他排泄物でマドカを汚し、汚されたマドカの頽廃的な美しさを美学としている。 

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一方、マドカの体を許諾なく支配しようとするサディストの男に汚されたりすると、柿口さんは激しく嫉妬し、男に精液で汚された箇所をマーキングで上書きして塗りつぶそうとする。

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男の体液に触れて汚されたマドカの足を舐めて射精する柿口さんはマゾヒストさながらだけど、あくまで人形(=マドカ)という自分の占有物が他人に壊された事実に嫉妬して、マーキングとして壊された部分を修復しているだけ。

マドカもそのことは理解していて、サディストに触れられた部分はその都度柿口の体液によって修理してもらう。柿口は人形の修復士の役割をも果たしている。

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マドカと柿口さんが痴漢冤罪によって出会ったとき、マドカの家庭は離婚し、大変な時期にあった。人形のようなマドカの能面からは窺い知れないけれど、自棄的な感情、破壊願望を感じてたんじゃないかと解釈している。

柿口さんに会ってから、単なる破壊願望は柿口さんに修復してほしいという願いに変わる。

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「いびつ」とは何を意味しているのか?

この作品のタイトル、「いびつ」という言葉。

湾曲したもの、ひずみ、屈託を感じさせる言葉。

  

居場所のない似たもの同士の二人が人形の完成を大義として一緒に暮らす。

きっと、マドカと柿口さんの関係のことだと思う。

 

 

ぜひ、って誰にでもすすめられる作品では決してないけれど、文学作品が好きな人はきっと気に入るはず。

 日向に当たる作品じゃないからこそ、ハマる人にはぎゅっとハマる。と思うよ。