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岡田和人「いびつ」奇形でピュアな愛の形

いろんな意味で人に勧めたくない漫画の話。

筆舌に尽くしがたすぎる、岡田和人の「いびつ」という傑作漫画のことについて。

あらすじ

アダルトショップ『ファンシー』に勤務する柿口啓吾は、電車で女子高生・森高円に痴漢と疑われて、彼女に弱みを握られてしまう。そんな円が、何故か半ば強引に啓吾の自宅に転がり込み、2人の“いびつ”な同居生活が始まった。
いびつ - Wikipedia

 

柿口さん、マドカ、ラブドール。主な登場人物はこの3人。

主人公の柿口さんは小学生のような体躯を持ち、臆病で身寄りのない独居青年。柿口さんの家に転がり込んだマドカはオリジナルのラブドールを作ろうとしていることを知り、脅迫して家に住まわせるよう柿口さんに言う。こうしてマドカと柿口さんの秘密めいた関係がはじまる。

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「いびつ」の魅力、体のリアリティ

すごく好みの絵柄だというわけではないけれど、思わず何回も読み返して見惚れてしまうのはきっと、体温を感じるような美しい描写のためだ。

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控えめながら形の整った乳房、すらりとした手足、なめらかそうな手……マドカの描写に限らず柿口さんの小さな体躯や性器から垂れ流される体液の書き込みにしても、マドカと柿口さんが取る身体距離の間合いにしても驚くほど肉感的で、私がマドカや柿口さんの肌を触っているかのように感触が伝わってくる。

一口に言えば「エロマンガ」としても、いびつは十分に魅力的な作品だ。

 

主人公がかかえる屈託

 柿口さんは母親が愛人とともに家を出たことに起因するマザーコンプレックスを有している。家族親類とは離別と死別によって離れてしまい、身寄りはない。

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体温が苦手なことをマドカに指摘されると、柿口さんはマドカに独白する。

小学校の頃……なんでか

……突然 それまで記憶なんて全くなかった母親との

……ある日常の日の事を思い出したことがあったんだ

 

すっげえ小っちゃい頃に

ソファーに座る母上の膝のウエで

……オレがゴロゴロしててさ

 

幸せ…だったんだな

きっと幸せすぎて……

ゴロゴロしながら……

もし自分が生まれてこなかったら……

今の自分は どこにいるんだろう……って

バカだから このソファの中かも……とか

母親の後ろかも……とか

そんなん思い出したら……

ウェ てなった

……

♭.29 糸「いびつ 4」

 柿口さんのマザーコンプレックスは、母親と密着していたときの幸福感と連鎖して体温への強い嫌悪感を生み出している。

だからこそマドカと出会う前から、硬質で温度のない自作のダッチワイフで女性への欲望を満たそうとしたんだと思う。

この柿口さんのもろさと屈託が「いびつ」をただのセクシー漫画でない芸術作品に昇華させているのだと強く感じる。

 

汚され、壊される美少女

この作品では、「汚す」「修復する」「壊す」という行為がキーポイント。

柿口さんは主に精液他排泄物でマドカを汚し、汚されたマドカの頽廃的な美しさを美学としている。 

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一方、マドカの体を許諾なく支配しようとするサディストの男に汚されたりすると、柿口さんは激しく嫉妬し、男に精液で汚された箇所をマーキングで上書きして塗りつぶそうとする。

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男の体液に触れて汚されたマドカの足を舐めて射精する柿口さんはマゾヒストさながらだけど、あくまで人形(=マドカ)という自分の占有物が他人に壊された事実に嫉妬して、マーキングとして壊された部分を修復しているだけ。

マドカもそのことは理解していて、サディストに触れられた部分はその都度柿口の体液によって修理してもらう。柿口は人形の修復士の役割をも果たしている。

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マドカと柿口さんが痴漢冤罪によって出会ったとき、マドカの家庭は離婚し、大変な時期にあった。人形のようなマドカの能面からは窺い知れないけれど、自棄的な感情、破壊願望を感じてたんじゃないかと解釈している。

柿口さんに会ってから、単なる破壊願望は柿口さんに修復してほしいという願いに変わる。

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「いびつ」とは何を意味しているのか?

この作品のタイトル、「いびつ」という言葉。

湾曲したもの、ひずみ、屈託を感じさせる言葉。

  

居場所のない似たもの同士の二人が人形の完成を大義として一緒に暮らす。

きっと、マドカと柿口さんの関係のことだと思う。

 

 

ぜひ、って誰にでもすすめられる作品では決してないけれど、文学作品が好きな人はきっと気に入るはず。

 日向に当たる作品じゃないからこそ、ハマる人にはぎゅっとハマる。と思うよ。