半年前。
ナンパの聖地という異名を持つ、繁華街に構える大きな公園の側をドロドロした足取りで歩いていると、視界の端にこちらに向かって歩いてくる男を目で捉えた。いつもなら早足で歩いて撒いたりするところだけれど、労働に疲労した私はとにかく座る場所が欲しくて、野外の待合所のベンチに腰掛けた。ついていないことに男は隣に座り、「こんばんは」と声をかけてきた。
ラーメンが食べたいらしい。時間は22時半。どんだけ声かけ失敗してんだと思った。
ナンパ師は大抵妙に性格の悪そうな決して美形ではない顔貌を持ち合わせている、というのが私の定説。その男は韓流風のピタッとした黒いパンツに黒いパーカー、サンダル、みたいなのを履いていて、確かにナンパしていそうな服装ではあるものの細身の黒髪マッシュには少しばかり好感を持った。聞くと25歳だという。大学生に見えた。
男性の容姿がなんであれ、私は今すぐ家に帰って寝たかった。バスにはまだ時間がある。
「ラーメン食べに行きたいです」
「え、やりたいだけですよね?風俗行ったらいいんじゃないですかー」
こんなにストレートに言われると思っていなかったのか、一瞬目を剥くも冷静さを保とうとするラーメン。
「いや、ごはん食べたいだけだから、もう相手見つからなかったら帰ろうかなって……」
「じゃあもう帰ったほうがいいですよー」
ラーメンを和やかに拒否していると彼はラインのQR画面提示を要求し、私は渋々見せて友達になった。Android端末にはLINEアカウントを二つ持てるツインアプリという機能があり、その当時はその機能をフル活用して本垢でない方を彼に教えた。こっちはいつでも切れる軽薄な関係の人を放り込んでおく目的のアカウントだ。やれるべきことをやりつくしたラーメンは「もうちょい見てこようかな」と公園に帰宅していった。
その後日を改めてごはんに誘うメッセージがきたけれど、返信しなかった。見ず知らずの人と一緒にごはんを食べたいという欲求がそもそも私にはない。
そしてつい最近、ラーメンからザオラル(関係の切れた異性にメッセージを送って様子を見るという意の)LINEがきた。
これで「shiroの香水買ってあげるからごはん食べに行きましょう!」とか、私に利益のある内容だったら検討する価値もあっただろう。
トークを開いて目に入ったメッセージ。
「鬼滅の刃映画見に行きましょう!」
私はナンパをする男性は根本的に女を見下していると思っている。俺がラーメンを食べたいんだからそこらへんの女もラーメン食いたいはずだ。俺が鬼滅の刃を見ているんだからあの女も当然見ているはずだ。だいたい誘い出すためのデートプランとかいちいち考えるの面倒。映画終わった後直家打診で準即余裕だろ。
そんな傲慢さが透けて見えた気がして、私はライントークをそっ閉じした。