件のナンパ師と会った。
最初は毛頭行く気はなかった。相手が見たい映画はというのでジオラマボーイ・パノラマガールだというと、それに行くことになった。
待ち合わせ場所に10分くらい遅れてきた相手は白いシャツと紺色のジーンズ、靴は黒の革靴を履いていて、足が長くて細いという印象は変わらなかったけれど一点強く気になるところがあった。
失礼にも、私は会って出し抜けに「何歳ですか?」と聞いた。25歳だと思っていたところが実は私の盛大な勘違いで、相手は30歳と答えた。
30歳。私に困惑が走る。マスクからのぞく顔の皮膚はたしかに皺のよった感じがある。最初会ったのは夜だったからよく見えず、若者に見えたのだろう。このまま帰ったほうがいいのかな、と思いつつシネマに向かい、映画を鑑賞した。
映画は楽しめた。観賞後はハンバーガー店でオザケンの話やナンパの経緯などを訊く。
「てか、なんでナンパしてるんですか?」
無神経を装って訊くと、相手は苦笑して答えた。
「出会いのひとつとして考えてるからね……他のアプリや街コンにも行ってるよ」
この答えには驚かされた。私はてっきり、Twitterで「負けた」だの「スト値」だのと女性を落とすことをゲーム感覚で行う悪徳ナンパ師の系列だと思ったからだ。
たしかに声かけの時点で他とは違って「こんばんは」と普通な呼びかけだった。
他の性格悪そうなナンパ師はいきなり並んできて「次どこ行くー?」と馴れ馴れしくタメで口を聞いてきたり、美容師を装って服装を褒めつつアドレスを聞き出してきたり、不愉快な技巧をこらしたものが多い。こちらをいじったり自虐したり笑わせようとしてくる男性は確実に、先代のナンパ師が生み出した「○○ルーティン」みたいなものを使っていると見て間違いない。逆にそのお決まり会話テクがあるからこそこちらは見抜けるのだけれど、彼にはそれがなかった。
ひょっとしてこの人は普通に出会いを求めている人なのか?と気が緩んだ。ただ私が騙されている可能性もあるけれど。デート終わり、また誘っていい?と聞かれた。ことばに詰まると、あんまり? と不安げに彼は言った。あまりに年齢が離れている。それに私はナンパで出会った人を好きになることはないだろう。
彼とはそのまま別れた。あの日が無駄だったとは思わない。彼はこういう出会いを繰り返しながら運命の相手を見つけるのだろうから。